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7月、ウィーンで開催された第18回国際エイズ会議。2万人近くの聴衆が、アーロン・モツォアレディ(Aaron Motsoaledi)南アフリカ保健大臣に対し、惜しみない拍手を送った。彼の登壇は、南アフリカが、蔓延するHIVのコントロールを長年断固として拒否していた暗黒の時代を乗り越えて前進を始めたことの証しとして、温かく迎えられた。

隔年で開催される国際エイズ会議。ちょうど4年前の会議では、南アフリカは批判の矢面に立たされていた。当時の国連アフリカ・エイズ問題特使のステファン・ルウィス(Stephen Lewis)氏は、南アフリカは、世界におけるエイズとの闘いの中での「愚かな少数派」の代表だ、と厳しく批判した。

今年の国際エイズ会議のテーマは「権利を、ここで、今すぐに(Rights Here, Right Now)」。HIVに対する闘いにおける人権の重要性に注目したテーマだ。南アフリカのモツォアレディ保健大臣も、南アフリカの進歩について報告するだけでなく、人の尊厳と生命そして医療へのアクセスを保障するという南アフリカ政府の約束の履行は、まだ緒についたばかりという実態も認めた。

しかし、エイズ会議で、モツォアレディ保健大臣が沈黙していたことがひとつある。それは「差別されない権利」。過去30年以上にわたり、差別はいつも、エイズまん延の原因だった。差別ゆえに社会の片隅に追いやられた人々は通常よりも高いHIV感染リスクにさらされる上に、HIV陽性者に対する差別はHIV治療にアクセスする機会を奪っている。南アフリカには、アパルトヘイトを克服した誇るべき歴史があるのだが、現在は、外国人に対する差別と暴力がまん延し、その結果、南アフリカに流入した外国人移民たちの健康は蝕まれ、エイズ予防活動の障害となっている。

南アフリカがHIVとの闘いに勝利するには、「出稼ぎ労働者などの国内を移動する人々」及び「国境を越えて移動する人々」という2つの移民人口に焦点をあてることが必須である。こうした「移動する人口集団」間のHIV陽性率は高 い。こうした人びとは治療を受けられないことが多く、また、治療を始めても中断されてしまうことも多い。残念ながら、1980年代にエイズがまん延しはじめて以降ずっと、こうした「移動する人口集団」は、エイズ対策の中でほとんど無視され続けてきた。また、こうした「国内移民」や「国境を越えた移民」などの「移動する人口集団」は、社会的支援を受けにくいだけでなく、自らが有する社会的ネットワークも限られている。継続的な予防や治療の機会が限られたまま、家族から離れた寂しさゆえ新たな性交渉パートナーを求めることもある。いきおい、移民などの「流動人口」対するHIVの予防・診断・治療は、公衆衛生上の重大課題として立ちふさがるのだ。

一方で、南アフリカの法律や施策は、外国人に対してもHIV治療のための抗レトロウイルス薬療法」を無償で提供するなど、外国人の権利保護に手厚い。しかも南アフリカ法は、「合法滞在」か「不法滞在」かに拘わらず、庇護申請者・難民・周辺国からの移民に対し、医療を受ける権利を認めている。しかし、残念ながら、こうした保障措置も、しっかり適用されていないのが現実だ。

昨年12月、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、南アフリカで、HIV/エイズ治療を含む医療へのアクセスを求める外国人に対する深刻な人権侵害の実態を調査して取りまとめた。我々は、南アフリカにやってきた外国人(migrants)たちが、外国人差別に基づく暴力や、国内での強制移住、そして差別にさらされていることを明らかにするとともに、医療現場でも、言葉の暴力や法外な診療費請求、緊急時の基本的医療の拒否など、外国人に対する深刻な差別が横行している実態を明らかにした。

こうした医療現場における外国人差別は、南アフリカだけの問題ではない。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、米国タイで、外国人に対するHIV治療が妨げられている実態について調査・報告したほか、中国・ロシア・インドでも、出稼ぎ労働者などの国内を移動する人々が医療現場で直面する問題についても調査して取りまとめた。日本でも、不法滞在外国人を国民健康保険制度から排除する政策がとられているが、こうした政策は、公衆衛生上多大な問題を引き起こすことはもちろん、抗レトロウィルス薬療法など、人の健康に必要不可欠な医療を受ける基本的権利を侵害する可能性をはらむものだ。

2006年の国連総会で世界中の政府は、2010年までに、世界中のあらゆる人がHIV治療・予防・ケアに普遍的 にアクセスできる世界を作るという目標を立てた。2010年となった今、移民をふくむ「あらゆる人」がHIV治療を享受できる日は、はるか遠いままだ。

昨年、日本政府も主要な援助国のひとつとなっている世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)は、南部アフリカ15カ国で作る政治・経済協力のための共同体である「南部アフリカ開発共同体」(SADC)に対し、「移動する人口集団」を焦点とした、多国間のよりよいHIV対策のために資金を拠出することを決定した。この資金拠出は、エイズとの闘いは国内のみならず国境を越えた地域単位で闘う必要があるという認識を高めるための、重要なステップである。南部アフリカでは、外国人差別をなくし、HIV医療を受ける外国人移民の権利が守られるよう、リーダーシップが求められている。なぜなら、国際エイズ会議が「権利を、ここで、今すぐに(Rights Here, Right Now)」と謳いあげる一方、外国人移民たちが、「ここでは無理、今は無理」と保健・医療を断られてしまう現実がまだあまりにも多すぎるのだから。

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