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バングラデシュ:差別的な家族法が女性の貧困を助長

裁判所や法律、援助プログラムの欠陥に取り組む改革が必要

(ニューヨーク)-バングラデシュの結婚や別居、離婚に関する差別的な属人法は、多くの成人女性や少女を、人権侵害の伴う結婚生活に閉じ込めたり、結婚が破たんした場合には貧困に追いやったりしている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日公表した報告書で述べた。離婚したり別居したりした女性やその子どもたちは、それらの法律が元凶となって、ホームレスや飢餓、病気になるケースが多数ある。国連開発計画(以下UNDP)と世界食糧計画(以下WFP)は、バングラデシュでは、女性が生計を支える家族において、食糧不足や貧困に陥る割合が極めて高いと報告している。

「バングラデシュは女性の貧困改善に向けた各種プログラムに取り組んできたことで世界的に有名ではあるが、一方で、差別的な属人法が多くの女性を貧困に追い込んでいる実態を、何十年もの間無視してきている。結婚が破たんすると、不安定な状態で家に閉じ込められたり、生計を立てるのに苦労したりしている女性が多数いる現状を踏まえ、バングラデシュ政府は法を直ちに改正し、家庭裁判所を改善し、貧困に喘ぐ女性に国の支援を提供するべきだ」とヒューマン・ライツ・ウォッチの女性の権利に関するアジア担当調査員で、今回の報告書の著者であるアルナ・カシアプは指摘している。

バングラデシュ政府は、女性の経済的権利に主眼を置きつつ、属人法を早急に改正するべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。バングラデシュ法律委員会は最近、結婚や別居、離婚に関する属人法の見直しに向けて重要な取り組みを始め、2012年中の改正を勧告している。女性の権利向上を求める政策提言者と研究者が、この見直しの過程に貢献すると共に、改革を長年働き掛けてきた。バングラデシュ政府はこの取り組みを前進させ、結婚生活における法的な女性差別を終わらせ、夫婦の財産について平等な権利を女性に保証し、家庭裁判所での手続きを効率化し、社会的支援プログラムへのアクセスを改善しなければならない。

本報告書「死ぬ前に払って貰えるのかしら?:結婚、別居、離婚に関するバングラデシュの差別法がもたらす女性への弊害」(109ページ)は、同国の差別的で時代遅れな法のために、多くの別居・離婚女性が貧困に追い込まれ、また、貧困を恐れる一部の女性が暴力を受け続けるような結婚生活に閉じ込められている実態を取りまとめている。現行法は、夫婦の財産に対する平等な権利を、女性から奪っている。それらの法律が女性に認める僅かの所有権すら、家庭裁判所や地方自治体政府による調停委員会はほとんど執行しない。女性が生計を支えている家庭や、家庭内暴力に遭っている女性は、生計の維持に極めて重要な国・社会の支援を受けるのに大変な苦労を強いられている。これらの問題は総じて、結婚が破たんするや、女性にとって経済的な保護や安全が殆どなくなることを意味している。

バングラデシュでは10歳以上の女性のうち、55%以上が結婚している。同国内の国連カントリーチーム(UNCT)は、女性が生計を支える家庭に顕著に見られる貧困について、「結婚生活における不安定さ」が主な原因であると特定しており、バングラデシュ計画委員会は、生計の柱を家庭放棄や離婚に伴って失った場合、女性の方が貧困に陥りやすいと述べている。バングラデシュは「ミレミアム開発目標」のもとで貧困削減目標を達成するのに必死だが、差別的で貧困をもたらす法制度を放置していることで、その取り組みを損なっている形だ。

本報告書は、バングラデシュでこうした属人法の差別的な影響を被った経験のある女性120人を含む、裁判官、家庭裁判所弁護士、女性の権利に関する専門家、政府当局者など、255人からの聞き取り調査を基にしている。

バングラデシュのイスラム教徒、ヒンズー教徒、キリスト教徒のそれぞれに対する属人法は、数十年間改正されていない。属人法改正は、宗教上の差別的な解釈に基づく反対にも遭うことから、多くの場合様々な問題をはらんできた。

バングラデシュのイスラム教徒やヒンズー教徒、キリスト教徒それぞれに適用される属人法には差別的な内容があり、それには重複する部分と、個別の部分とがある。それぞれの法律は、婚姻中とその後を通じて、離婚と経済的平等に関する障害を設けているうえ、夫婦の財産についての女性の平等な権利を認めていない。

イスラム教徒向け属人法

イスラム教徒向けの場合、男性に一夫多妻を認めていること、離婚するにあたっての障害が女性のほうにより多く設けられていること、生活費に関して僅かしか規定がないこと、などの点で差別的である。バングラデシュのムスリム家族法のもとでは、女性は離婚を通知された後(離婚時に女性が妊娠していた場合、出産後)90日以上たつと、生活費を得る権利がなくなる。

イスラム教徒であるシェファリ・Sは、夫や義理の親族と共に生活し、家族の農地で働き、家事労働の全般をしていたが、第1子を妊娠した時、夫が再婚するつもりであることを知り、彼と対立した。夫は彼女を蹴り、罰として冬の寒い夜をずっと裸で立たせ続けた。意識がなくなるまで殴ったこともあった。最終的に彼女を捨て、彼は再婚した。実の両親が貧し過ぎて彼女を支えられず、生活費の確保が全く期待できないことから、彼女は義理の親族との生活を続け、彼らから受ける暴力にも耐えなければならなかった。

1961年成立のムスリム家族法令には、女性に対する僅かながらの手続き保護規定があるが、それらさえ多くの場合実施されていないことを、ヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。この法律は、夫が再婚するためには最初の妻から事前に同意を得なければならないと規定し、一夫多妻となる結婚について地方政府の調停委員会による承認を義務付け、離婚に向けての正式な手続き規定も確立している。ヒューマン・ライツ・ウォッチは一夫多妻の結婚生活を送っている女性40人に聞き取り調査をしたが、2度目以降の結婚を承認するための調停委員会が開催されたケースはなかった。同様に夫は多くの場合離婚の事前通知義務を無視し処罰を受けてもいない、と活動家や弁護士は断言した。

「宗教を土台にした属人法に深く根ざしているジェンダー不平等は、多くの女性を貧困に放置している。政府は改革指針を前進させ、司法制度関係者にその改革に順応させるとともに、女性たちには、いま受けられる法的保護や法律の実行について、啓発していかなければならない」とバングラデシュの人権保護団体であるバングラデシュ法律支援・サービストラスト(Bangladesh Legal Aid Services Trust)のサラ・ホセイン名誉会長は指摘している。

ヒンズー教徒向け属人法

ヒンズー教徒向けの場合も、また女性を差別している。同法は、男性に一夫多妻を認めると共に、生活費を女性が受けることについて、重大な障害となる規定を盛り込んでいる。ヒンズー教徒の女性は、裁判によって別居を求められるが、法律は離婚までは認めていない。

ヒンズー教徒であるナムラタ・Nは、病院で働き、貯金を夫の事業開始のために提供したが、夫はそれを横領し、彼女が返済を求めると暴力を振るった。夫は最終的に彼女を騙して酸を飲ませた上に、失踪している。ナムラタは食道と胃を焼かれ、腸に繋げた栄養チューブに頼る生活だ。食べ物の匂いがすると気分が落ち込み、食事は2年以上とっていない。彼女は夫との離婚を望んでいるが、バングラデシュのヒンズー法のもとでは、それが出来ない。

女性の権利に関する活動家らは、ヒンズー教徒の婚姻と離婚を扱う法律を求めて活動してきた。そうした中、2012年5月にバングラデシュ内閣は、ヒンズー教徒自らの選択により届け出制の婚姻が可能となる法律を承認した。しかし、その内容は、活動家らが掲げている要求にはるかに及ばない。一夫多妻の禁止や離婚承認、婚姻の強制届け出制などの必要な改革は、その法律に盛り込まれていない。

「ヒンズー法は1世紀以上にも渡って、離婚や経済的保護を認めず、時に暴力を使って、女性を婚姻制度に閉じ込めて来た。今こそ国会議員たちは、植民地時代の法律を改正し、ヒンズー教徒の女性を守るべきだ」とバングラデシュの人権保護団体である法律仲裁センター(Aio-o-Shalish Kendra)のニナ・ゴスワミ上級副ディレクターは語っている。

キリスト教徒向け属人法

キリスト教徒向けの場合は、限られた理由のある場合についてだけ、男性と女性双方による離婚を認めているが、女性に対して認められる理由は遥かに制約的である。夫側は、妻が不倫を行ったと主張すれば離婚できるが、一方、妻側が離婚を確実にするには、夫側の不倫に加えて他の行為を立証しなければならない。その行為とは、他宗教への改宗や重婚、レイプ、近親相姦、獣姦、2年間の遺棄、残虐行為などである。不倫をしたという責めは、バングラデシュという保守的な社会において、特に女性にとって屈辱的なものだ。

キリスト教徒であるジョイア・Jは、夫と義理の親族と共に暮らす自宅にて、毎朝5時30分から家事労働をしてきた。幼い娘と遊んであげるために休憩していても、義理の母親は怒った、と話す。義理の母親と夫による虐待に耐えかね、彼女は何度も夫婦の家を逃げ出し、教会と両親の家に避難したが、教会スタッフと両親は夫のもとに帰るよう圧力を掛けた。自活するお金がないので、ジョイアは友人宅に避難先を求めたが、そこではベランダとバスルームに寝ざるを得なかった。友人の夫が援助を嫌がったためである。夫の家族は彼女が男と逃げたという噂を流した。

「なんとか離婚をするため、相手が不倫をしたという嘘の主張を言い合うことはしょっちゅうだ。変革を求める各方面からの広範な同意があり、キリスト教徒向け属人法の改正を政府がためらう要因はない」とBRAC人権と法律支援サービス(BRAC-Human Rights and Legal Aid Services)のファースティナ・ペレイラ代表は指摘している。

女性の貢献が法律上無視されたまま

上記で述べた全ての属人法で特に欠けているのは、離婚の際、夫婦の財産に対する平等な権利を保証していないことだ。それは夫婦の家に妻側が広く貢献している事実の無視を意味する。この懸隔は、2010年に成立した、婚姻中の夫婦の家に住む妻の権利を認める、画期的な家庭内暴力禁止法によるり一部埋められた。しかし家庭内暴力禁止法は大きな前進の象徴だが、夫婦の財産への平等な権利問題に全面的に対処しているものではない。

バングラデシュの結婚したカップルは、婚姻中に入手した財産や資産が夫婦共有であるという法律上の推定がない場合でも、共同で財産を所有するために、両者の名義で土地や家屋を登記するなどの措置を講じることが出来る。しかしそれは稀なケースである。2006年に行われた世界銀行の調査は、調査対象となった女性が夫婦の財産に係る文書(借用・所有に関わらず)の名義人になっていたのは、全体の10%未満だったことを明らかにしている。

「結婚した女性の家事労働における負担と、自営業や農地、家、夫の職業に対する貢献は、法律上無視されている。政府は夫婦の財産への平等な権利を女性に認めるため、もっと努力をする必要がある一方で、家庭内暴力禁止法で僅かに認めた経済的権利の保護を、推し進めなければならない」とバングラデシュの人権保護団体である女性協議会(Bangladesh Mahila Parishad)のアイシャ・カナム会長は指摘した。

家庭裁判所での手続きは「障害物競走」、社会的支援の欠如

バングラデシュは、別居や離婚、生活費事件の処理に特化した家庭裁判所の設立に向け、重要な措置を講じた。しかし女性と弁護士らは、このような裁判所で迅速に生活費を確保するのは障害物競走のようなものだとし、障害として、手続き上のあらゆる段階での遅れや、生活費に関する差し押さえを全くしないこと、証拠への異議申し立てなどがあると、ヒューマン・ライツ・ウォッチに詳述した。また女性の一部は、夫から逆提訴される嫌がらせに遭っているという。

貧しくて支払い能力のない夫を持つ女性や、夫婦の財産のない女性は、社会的支援プログラムやシェルターにつなげてもらう必要がある。別居や離婚で貧困に陥った女性に扶助金を給付する幾つかの社会的支援スキームはある。要件を満たす「夫に遺棄された」女性に、月300タカ(4米ドル)を支給するものもある。しかしヒューマン・ライツ・ウォッチが、そのようなプログラムへの受給資格を有する女性の多くに聞き取り調査をしたところ、受給している人はいなかった。また、社会的支援プログラムは、障害や体調不良、加齢、結婚生活の破たんなど、女性が持つ多様な脆弱性に対処していないことも、ヒューマン・ライツ・ウォッチは明らかにした。

「夫婦の財産に平等な権利を認めても、まだ多くの貧しい女性は除外されている。バングラデシュ政府は大至急、貧しい女性を社会的援助に結び付け、同国の様々な場所や家庭裁判所内において情報窓口を展開させなければならない」と、現地NGO Nijera Koriのコーディネーターであるクシ・カビル氏は指摘した。

差別的な属人法を維持し、司法救済や社会的支援へのアクセスの保証を怠ることで、バングラデシュは国際人権法における義務に違反している。国連の専門家組織はバングラデシュに対し、差別的な離婚法を改正し、女性が夫婦の財産について平等な権利を持つことを確保するよう求めている。

主な勧告

バングラデシュ政府は以下の措置を取るべきである。

  • 全ての属人法を改正し、特に一夫多妻などの差別的要素を撤廃すること、生活費確保の障害となる規定を撤廃すること、男性と女性が平等に離婚できるようすること、結婚生活及び離婚にあたり、夫婦の財産に対する女性の平等な権利を保証すること
  • 障害者が使いやすい手段も含め、様々なメディアで家庭内暴力に対する法律上利用可能な保護についての情報を広め、法律の執行をモニターすること
  • 家庭裁判所の手続きを見直し、遅延をなくし、適当な場合は、暫定的な生活費を裁判所が認めるようにすること
  • 貧しい女性、離婚・別居した女性、家庭内暴力の被害に遭った女性用の、シェルターへのアクセスを含む、社会的支援を強化すること

「バングラデシュは数十年もの間、差別的な属人法が女性を貧困におとしめている実態を無視してきた。自国の活動家があげている、女性の権利向上に向けた属人法改正を求める声を今すぐ聞き入れることで、バングラデシュが女性の平等と貧困削減に精一杯頑張っていることを明らかにできる」と前出のカシアプは述べる。 

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