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(ジャカルタ)-インドネシア政府は、増大する宗教的不寛容と暴力からマイノリティを保護することを怠っている。スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領は、より断固とした対応をとると共に、少数派宗教コミュニティへの攻撃を「一切許さない」方針を採用するべきである。

全107ページの報告書「宗教の名における暴力:インドネシアの宗教的少数派への人権侵害」は、少数派宗教の礼拝所や信徒に対する暴力的な嫌がらせや襲撃が次第に過激化しているにもかかわらず、インドネシア政府がそうした暴力に対峙することを怠っている実態を調査して取りまとめた報告書。狙われているのは、アフマディーヤ教団、バハーイ共同体、キリスト教徒、イスラム教シーア派などのマイノリティ。インドネシアの複数の監視団体が、襲撃の増加傾向を指摘しており、ある団体は昨年だけで暴力事件が264件起きたとしている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長ブラッド・アダムスは「脅迫や暴力から宗教的マイノリティを守るために断固とした行動を起こさないインドネシア政府の姿勢は、人権を尊重する民主主義国家になるという同国の主張を、根底から損なっている」と指摘。「国家的なリーダーシップが不可欠である。ユドヨノ大統領は、国の法律の執行を強く主張すると共に、如何なる暴力攻撃も訴追されると表明し、更に宗教的不寛容の増大と戦う総合戦略を作り出す必要がある。」

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、インドネシアのジャワ島、マドゥラ島、スマトラ島の10州で調査を行い、様々な信仰を持つ115人超の人びとに聞き取りをした。その中には暴力や人権侵害の被害者71人、更に宗教指導者、警察官、過激派指導者、弁護士、市民社会活動家などが含まれている。

地方政府当局者は、放火その他の暴力行為を被害者側の責任として対応する場合が多すぎる。犯人はほとんど、または全く処罰されない。少数派宗教団体の礼拝所を建設する権利を認める最高裁判断があるにもかかわらず、地方当局者がその執行を拒否したケースが2件ある。国の高官の中には宗教的マイノリティを保護する旨意見表明している人もいるが、スルヤダルマ・アリ宗教相などは自ら差別的発言をしている。

ユドヨノ大統領は、宗教的少数派コミュニティを守るべく自らの権限を行使することを怠り、閣僚が人権侵害を助長した場合も何らの処分をしていない。アリ宗教相は2011年3月、政治集会での演説で、アフマディーヤ派とシーア派について、次のような差別発言をした。「我々はアフマディーヤ派を禁止しなければならない。アフマディーヤ派がイスラム教に背いていることは明確だ。」彼は2012年9月にも、シーア派をスンニ派に改宗させることを提案した。アリ大臣はいずれの発言でも処分を受けていない。

「インドネシアにおける宗教的少数派の置かれている悲惨な状況は更に深刻化し、彼らは政府の保護を当然期待しているのに、政府は全く関心を示していない」と前出のアダムス局長は指摘した。

少数派宗教の教会や礼拝所、信徒の自宅に対する攻撃や放火については、イスラム人民フォーラム(Forum Umat Islam)やイスラム防衛戦線(Front Pembela Islam)などのイスラム主義過激派が関与してきたとみられる。それらの過激派は、非イスラム教徒のほとんどを「異端」、スンニ派正統の教えを忠実に守らないイスラム教徒を「冒とく者」と決めつけるイスラム教スンニ派の解釈を信奉し、暴力を正当化している。

イスラム主義過激派による宗教的少数派に対する脅迫・嫌がらせを、インドネシア政府当局と治安部隊は多くの場合助長している。前述したようなあからさまな差別発言や、宗教的少数派の教会・礼拝所建設申請の不許可、信徒に移住するよう圧力を掛けるなどの行為だ。

6つの宗教しか正式に認めない冒とく法や、地域で多数派住民が宗教的少数派コミュニティに対する影響力を持つ原因となっている教会・礼拝所令といった差別的な法律・規則の存在が、こうした脅迫・嫌がらせの原因のひとつになっている。キリスト教徒が多数派を占めるインドネシア東部地方では、スンニ派イスラム教徒コミュニティもそれらの法規の被害者であり、モスク建設許可を得るのに困難をきたしている例も少数とはいえ存在する。

インドネシア政府の諸機関も、同国の宗教的少数派の権利と自由の侵害を助長してきた。宗教省、司法長官の下にある社会内神秘主義信仰監督調整委員会(Bakor Pakem)、半官のインドネシア・ウレマ評議会などの諸機関が、宗教的少数派に対して、命令やファトワ(宗教裁定)を発し、更に当局としての地位を利用して「冒とく者」への訴追を働きかけるなどして、宗教の自由を蝕んでいる。

宗教的少数派に対する暴力の増大と、政府がそれに断固とした対応を怠っている現況は、インドネシア憲法と国際法が定める宗教の自由の保障に違反する。インドネシアが2005年に批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」は、「宗教的...少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践する権利を否定されない」と定めている。

インドネシアにおける宗教の自由を監視している「セタラ・インスティチュート」(本部ジャカルタ)は、宗教的少数派に対する暴力攻撃が、2011年の244件から2012年の264件に増えたと報告。人権監視団体「ワヒド・インスティチュート」(本部ジャカルタ)は、2010年には宗教の自由侵害事件64件、宗教的不寛容事件134件だったのが、2011年には侵害事件92件、不寛容事件184件に増加したと調査結果を報告している。

前出のアダムス局長は、「ユドヨノ大統領は、自らの政権の基本原則として宗教の自由を認め、更に宗教的少数派に対する人権侵害を政府当局者が助長しないように確保する必要がある。インドネシアの援助国や国際機関は、宗教の自由の保護を怠っている実態を、緊急課題として取り上げるべきだ」と指摘する。

報告書「宗教の名における暴力」からの証言抜粋

『ヤツラ、ボクを水から引きずり出し、手をつかんで、ナタでベルトを切った。それからシャツもズボンも肌着も切って、ボクをパンツだけにしたんだ。お金250万ルピア(270米ドル)とブラックベリー(携帯電話)も盗った。パンツを脱がせて、ペニスを切ろうとしたんですよ。ボクは胎児のような格好で倒れて、顔を守ろうとしたけど、左目を刺された。その時、ヤツラが、「コイツもう死んだ、死んだぜ」って言ったのが聞こえたよ。』

25歳のアフマディーヤ信徒、アフマド・マシフディンは2011年2月6日、ジャワ島西部チケウシクで、暴徒による襲撃を受けて負傷した。現場に警察官がいたが、止めるための介入はなかった。彼の友人3人が殺害された。

『夫は登録宗教としてカトリックを選んだのよ。でも本当はケジャウェン教(ジャワ族先住民の霊的民族宗教)を信じていたわ。私たちがホントの宗教で結婚していたら、少なくとも夫の名前以外では、子どもの出生証明が貰えないのよ。身分証明書に線があって、それがインドネシアではもう1つの社会的烙印になってるの。』

デウィ・カンティは、ジャワ西部出身で36歳のライター兼バティック(ろうけつ染め)制作者だ。インドネシアは正式な登録宗教を6つしか認めず、数百はある伝統的信仰を「神秘主義信仰」として疎外化する政策をとっている。その政策によって作り出された、6つ以外の宗教を信じる者が「結婚すること」、「出生証明申請をすること」、「その他政府サービスを受けること」を困難にする、差別の実態を彼女は詳述してくれた。

『道でバイクが1台近づいてきて、私をはねようとしたんだよ。下を見たら、自分から血が出ているのが見えてね。警官は100メートル離れた所にいたよ。襲ってきた連中は近くに友達がいたな。連中はラスピダ・シマンジュンタク牧師を襲って、彼女が地面に倒れるまで殴った。警察は私と牧師さんを、警察のバイクに乗せたんだが、ゴロツキ共は彼女をバイクから引き摺り下ろして、棍棒で3回殴ったよ。』

西ジャワ州ブカシにあるバタック・プロテスタント教会(HKBP) に属するCiketing 教会の長老、エイシャ・ルンバントルアンは、2010年9月4日に数台のバイクに乗った若いイスラム教徒に刺された時の様子を説明した。その事件では2人の襲撃者が、最終的に3カ月〜7カ月半の刑を言い渡されただけで終わった。

『私たちに、どうやってイスラム教徒から署名を集めろっていうんですかね? 私たちの教会から一番近くに住んでるイスラム教徒でも500メートルも離れてるんですよ。次に近いのは約2キロ離れてるんです。どうやって60人分の署名をしてくれる人を見つけるんですか? こんな命令は、町だったら使えるけど、プランテーションの中じゃ、使い物になりませんよ。』

リアウ州クアンタン・シンギンギ県ペンテコスタル教会信徒で49歳の農民、アブジョン・シティンジャクは、焼け落とされた教会の再建に努力しているが、非イスラム教徒の礼拝所の建設を支持する、イスラム教徒隣人から60人分の署名を集めなければならない事など、建設許可申請に関連する官僚的な妨害に直面している。 

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