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(ベイルート)— レバノン全土で廃棄物が野焼き処理されている問題に当局が十分対処していないため、近隣の住民が重大な健康被害に直面。健康権の侵害が起きている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。廃棄物投棄場で野焼きの際に出る煙を頻繁かつ持続的に吸うことで、健康被害にあっていると住民は訴える。

報告書「死を吸い込んで:焼却廃棄物によるレバノンの公衆衛生リスク」(全67ページ)は、レバノン政府当局が、廃棄物の野焼き処理が蔓延しているのにこれにしっかり対応していない上に、その監視や健康影響に関する情報も不十分であることから、同国が国際法上の義務に反していると結論づけている。廃棄物の野焼きは危険かつ回避可能なものだ。それにもかかわらず政府は、市民を守るために制定された、環境および保健関連法に従うかたちで固形廃棄物を管理することを、何十年にもわたり怠ってきた。これまで数々の科学的研究が、家庭ゴミの野焼きから発生する煙が人体におよぼす害を示してきた。特にそのリスクが高いのは子どもや高齢者だ。レバノンは廃棄物の野焼きに終止符を打たなければならない。環境と公衆衛生のベストプラクティスおよび国際法に準拠し、持続可能な国家レベルの廃棄物管理戦略を実行すべきだ。

Open burning of waste in Majadel, south Lebanon. © 2017 Human Rights Watch

ヒューマン・ライツ・ウォッチのベイルート臨時代表ナディム・フーリーは、「ゴミ袋の一つひとつが周辺住民の健康を損なっているにもかかわらず、当局は事実上、この危機の管理を全くしてこなかった」と指摘する。「人びとはこのゴミ問題が2015年に始まったと考えるかもしれないが、実は何十年も前から続いている。ベイルート郊外や周辺地域の状態を見て見ぬふりをしたまま、政府は緊急対応計画から次の緊急対応計画へと綱渡りを続けてきたのである。」

首都ベイルートの路上にゴミの山が積み重なった2015年、レバノンにおける固形廃棄物の処理問題が表面化した。しかし実は、危機は静かに何十年も全国レベルで続いていた。全国レベルの固形廃棄物管理計画が存在しないのである。1990年代に中央政府は、ベイルートと山岳レバノン県に廃棄物の最終処分場を設置。しかしそれ以外の自治体には、適切な監督や資金援助、技術的専門知識の提供などをしていない。その結果、野外での投棄・焼却が全国に広がる。ベイルートのアメリカン大学の研究者たちによると、レバノンで堆肥化またはリサイクルできない廃棄物はわずか10〜12%であるにもかかわらず、77%が投棄または埋立てされている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは野外投棄場周辺の住民、公衆衛生の専門家、政府関係者、医師、薬剤師、活動家たち100人超に聞き取り調査を実施。調査員たちはまた、投棄が報告された15カ所を訪れるとともに、ドローンを使用して3つの大規模な廃棄現場を撮影した。この画像で、近時に野焼きが行われたことを示す焼け跡や、灰の堆積物からのぼる黒いすすを確認できる。また、学校近隣での野焼き3件と病院近隣の1件についても調査・検証した。

 

レバノン環境省と国連開発計画(UNDP)はヒューマン・ライツ・ウォッチに、レバノン全土で野放し状態になっている地方自治体の野外投棄場617カ所の地図を提供。うち150カ所以上で、少なくとも週に1度は野焼きが行われている。レバノン消防局によると、ベイルートや山岳レバノン県でも、2015年に地域の廃棄物管理システムが崩壊した後から野焼きが増えているという。山岳レバノン県では330%の増加を記録した。野焼きが行われるのは圧倒的に低所得層が住む地域であることも、地図から明らかになった。

大部分の住民は、廃棄物の野焼きによる煙の吸引を原因とする健康被害を訴えており、慢性閉塞性肺疾患、咳、喉の炎症、喘息といった呼吸器疾患などが含まれる。これらの症状は、科学文献で広く報告されている野焼きの曝露による症状と一致する。

オスマンという姓のみで証言したKfar Zabadの住民は、「町全体に霧がかかっているようなものです」と語る。「私たちはいつも咳をしています。息をすることができません。目を覚ますと、つばに灰が混じっていることもあります。」

野焼きが行われている近隣の住民は、外で過ごすことができないばかりか、大気汚染で十分な睡眠もままならず、野焼きの最中は家を空けなければならないと話す。健康被害を恐れて引っ越したという住民もいた。

住民は野焼きが、がんなどのより重大な健康被害を自身や子どもたちにもたらすのではないかと、心理的に重い負担だと語る。ほぼすべてのケースで、自治体が野焼きによるリスクや安全対策についての情報を何も提供してくれないと、調査対象者たちは訴えた。レバノン政府は廃棄物の野焼きによる危険性や、人びとが煙から身を守るために取るべき対策について、適切な情報を提供する必要がある。

住民はまた、野焼きが行われている地方自治体に繰り返し苦情申立てをしたにもかかわらず野焼きは続き、誰も責任を問われないと不満をあらわにした。ベイルートと山岳レバノン県を除く地方自治体関係者は、廃棄物をより責任ある形で管理するのに十分な財政的・技術的支援を中央政府から受けておらず、「独立地方自治体基金」の配当も近年は遅れていると話した。

廃棄物の野焼きはレバノン環境保護法に抵触する、と環境省は話している。この問題に政府が効果的に取り組んでいないことは、健康権の尊重・保護・履行という国際法に基づく義務を果たしていないことも意味する。環境省は、効果的な環境モニタリングのために必要な人員と財源を持ち合わせていないとみられる。

レバノンの内閣は、環境省が率いる単独の固形廃棄物管理委員会の設置を定めた法案を2012年に承認。廃棄物の収集は地方自治体に委ねる一方で、国家レベルの意思決定と廃棄物処理を同委員会が統括すると定めるが、議会はまだ法案を可決していない。

レバノン政府は、環境や健康への影響を考慮した全国的な廃棄物管理の長期計画を策定すべきだ。

廃棄物管理の長期計画に関する最近の議論では、焼却炉の使用が焦点になっている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、レバノンが採用すべき廃棄物管理のあり方について特定の立場を取らないが、国内の公衆衛生専門家や活動家の中には、独立した監視や化学物質の排出、コストに関する懸念を理由に反対している人もいる。

前出のフーリー代表は、「野焼き現場周辺の住民が、健康上のリスクについての情報をほとんど全く受け取っていないことが、この危機の特に悲惨な側面だ」と指摘する。「人びとには、周辺環境の潜在的な危険を知る権利がある。レバノンは廃棄物管理問題が大気・土壌・水の安全に及ぼす影響を評価し、その結果を公開しなくてはならない。」

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